コージー・パウエル、ブライアン・メイやブラック・サバスを語る (自らのキャリアを語る (10/12))

23 October 2013  |  Tags: Cozy Powell, Brian May, Black Sabbath

1998年に不慮の事故で亡くなってしまったコージー・パウエルだけれども、これは1996年のインタビューとのこと。Joe Geesinってロック評論家の個人サイトの記事より。かなり貴重。今回はブライアン・メイやブラック・サバスの話。

→ Joe Geesin - Freelance Music Journalist > Cozy Powell Interview


ブラック・サバスに在籍していた間に、コミック・リリーフのシングルにも参加してますよね。

  • 何となく憶えてるよ。ブライアン・メイ、ニール・マーレイ、トニー・アイオミ、それにローワン・アトキンソン (ミスター・ビーンの俳優) とやった。すごく楽しかった。ブラック・サバスも楽しかったし、良い日々だったな。バンドにとっても、良い時代だったと思う。誰もが本当にうまくいってた。文句なしだ。そこからだんだん落ち目になってったんだが。

ブライアン・メイはブラック・サバスの「Headless Cross」にもツアーにも参加してますよね。それが彼に会った最初ですか。

  • 一緒に演奏したって意味なら、その通りだ。彼のことは、ジェフ・ベック・グループの頃から知ってる。マーキー (ロンドンの老舗のクラブ) によく見にきてくれてた。クイーンの何曲かは、ジェフ・ベックからパクってるんだ。20年後に、仲間ってことで教えてくれたよ。

ブライアンとジョン・ディーコンは、あなたのソロアルバム「Drums Are Back」で演奏してますよね。その中の「Ride to Win」は結局、ブライアンの「Resurrection」になってますが。

  • そう、その通り。あれはジェイミー・ペイジが書いた。すごく良いギタリストだ。彼が俺のアルバム用に持ってきて、それをブライアンと俺が「Resurrection」に発展させたんだ。あのアルバムは成功したし、すごく楽しかった。ブライアンは仕事しやすい人間だね。一緒に18ヶ月ツアーした。

その間にブラック・サバスのアルバム、もう2枚に参加してますが、呼び戻されたんですか。

  • あんまりうまく行かなかったな。おれは馬の事故で怪我して、バンドをあっさりクビになってた。ロニー・ジェイムズ・ディオが戻ってきたが、俺とはやりたがらなかったんだ。レインボーの時に、奴のソロアルバムへの参加を断ったからな。それで怒ってるんだろう。奴はレインボーをクビになった後、リッチーを無視して、俺に頼んできた。それ以来、俺を心底から嫌ってる。

  • だが、とにかく俺は呼び戻されたんで、「Headless Cross」の時みたいな良い雰囲気がまた作れないか、やってみた。ダメだったね。理由は判らない。みんな変わったってことかもしれない。

  • ちょっとうまく行かないことがあったら、それまでヘヴィロックをやったことのないプロデューサーが連れてこられて、そいつの考えってのが、良くも悪くもドラムスの音を左右するんで、もう台無しだった。サウンドも演奏も、全然うれしくない。「Forbidden」は勧められないよ。最高の出来だなんて、心にもないことは言えない。なので、俺はプロモーション・ツアーからは手を引いた。そんな気分になれなかったら、関わらないのが一番だ。

  • アメリカのツアーは、どうしようもなく悲惨だった。俺が関わった内で最悪のツアーだったって言っていい。会場は全然埋まらない。エージェントは最後まで動いてくれない。期待したような観客は集まらない。レコード会社はバックアップしてくれない。本当に大変だった。俺自身、ちょっと個人的な問題をかかえてて、ツアーを外れないといけなかった。そのアメリカ・ツアーは8ヶ月みっちりだったんで、マネージャーに、俺は外れる、代わりのドラマーを探してくれ、って言った。


コミック・リリーフってのは、調べてみたら、イギリスのコメディアンたちが組織して毎年やってるチャリティーなんだそうだ。

次回は、その後の活動の話。

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