トニー・アイオミ、エドワード・ヴァン・ヘイレンと語る (2/12)

08 June 2014  |  Tags: Tony Iommi, Edward Van Halen

「Guitar World」誌サイトの2013年9月の記事より。元は同誌の2010年、発刊30周年記念の特別企画だそうな。面白い取り合わせだが、予定調和みたいなところも。

→ Guitar World | Tony Iommi and Eddie Van Halen Discuss Their Careers, Friendship and the Past Three Decades of Our Favorite Instrument


ブラック・サバスも最初の頃は、スコットランド北部のへんぴな町やドヤ街のクラブで、ちっとも楽しくないライブをやってたんですよね。

  • トニー:そうだよ。そして、音がデカすぎるって言われて、しょっ中つまみ出されてた。しまいにゃ、金を払ってくれなくなったんで、もっとデカい音でやるようになったけどな。

  • エディ:俺たちがクラブでやってた頃は、雇ってもらうために、「トップ40」の曲をひたすら憶えた。1晩に45分のショーが5回ある。だけど、大抵のヒット曲は3分か4分だろ。だから、山ほど憶えないといけない。その内に、自分たちのオリジナルを混ぜても、客は、踊れれば何も気にしないって判ってきた。ある時、コヴィナ (ロサンゼルス郊外) のポッシュってクラブで、トップ40の持ち歌を使い尽くしちまったんで、自分たちの曲をやり始めた。そうしたらクラブのオーナーが来て、「やめろ。トップ40をやってもらうために雇ってんだ。そのクソは何だ」。そして、機材を置いたまま、俺たちを追い出した。次の週に、機材を取りに行かないといけなかったよ。いつもそんなだったんだ。「ギターがうるさ過ぎる」とか「サイケすぎる」とか、俺はいつも目の敵にされてた。

  • トニー:俺たちも同じだ。最初の頃、イギリスじゃやれるところがなかったんで、ヨーロッパに渡って、スイスのチューリッヒでやってた。3週間、1晩に45分のショーを5回、週末は7回だ。持ち歌が足りなかったんで、ある回は「ドラム・ソロ!」、次の回はギター・ソロ、さらに次はベース・ソロ、そんな感じで毎晩を乗り切ってた。そうしたら見つかっちまって、ビル・ウォードのドラム・ソロの最中に、誰かが来て「やめないか!」。オーナーの娘だった。

  • エディ:そうやってジャムが始まったんだよね。

  • トニー:そうやって「War Pigs」が出来てきた。だけど、いい勉強になったよ。色々山ほど演奏しないといけない。その中から、どうやって自分たちのサウンドを作り上げるか、身につけないといけない。今のガキどもがやってるみたいに、箱やペダルを買ってくれば出来上がり、ってわけにはいかなかったからな。

  • エディ:面白いのが、どんなに頑張って元のレコードに似せようと思っても、ほんと、頑張ったんだよ、それでも結局は必ず、俺の音になっちまうんだ。アイズレー・ブラザースの「It's Your Thing」をやる。マーシャルを鳴らすもんで、誰が聴いても、まるでブラック・サバスなんだ。ブラック・サバスのファンクってね。KC・アンド・ザ・サンシャイン・バンドの「Get Down Tonight」とか何をやっても、そうだった。自分の気持ちに一番近いのはブラック・サバスだったんだ。けど、あれは神の恵みだった。弾いて弾いて弾いてる内に、自分の本質ってものが判ってくる。


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